Vol.11 女鹿平温泉クヴェーレ吉和 レストラン統括 料理長 山崎隆弘

輝く場所におじゃまします

広島の山と森、吉和の美しさと葛藤と夢

広島県廿日市市に位置する、木質建材メーカーWOODONE(ウッドワン)が運営する女鹿平温泉クヴェーレ吉和は、温泉リゾート、スキー場、美術館という多彩な要素が融合し、幅広く楽しむことができます。今回の特別な機会に、私たちは山﨑料理長にインタビューをさせて頂き吉和の魅力と山﨑料理長の熱い想いに触れました。女鹿平温泉クヴェーレ吉和は、最西端に位置するスキー場としても知られており、今後のスキーシーズンに向けて、ぜひ記事をお楽しみください。

和食からの転機と挑戦

今は施設全体の飲食に関わる業務を全て担当しています。私はもともと広島で和食の修行をしていましたが、ご縁があり27年ほど前にクヴェーレ吉和に調理師として入社しました。その頃、ちょうど山菜に興味があったので「ここなら山菜の勉強ができるかも」という軽い気持ちでしたが、母体企業は「WOODONE」という材木屋ということもあり、施設を拡張する過程で、飲食に関してさまざまな質問に答える形で、仕事の幅、責任がどんどん広がっていきました。宿泊施設の食事、レストラン、スキー場の食事など多い時で施設内で9店舗の管理をしていました。

複合施設運営の学びと多彩なニーズ

市内の料亭で和食の修行をしていた時、目指すところは“料理の完成度”になっていました。
いかに美味しいものを作るのかということばかりに目がいっていたのですが、ここに来るとそれだけでは勝負できないんです。
ここまでの複合施設になると、お客様によって求められるものが全然違っている中で、「僕は調理師だから」と、長い時間をかけてこだわりの一品を作ったとしても、それがお客様に喜んで頂けるものかというと、それは疑問なんです。
例えばスキーに来たお客様は、4時間券、6時間券など時間を購入してスキーをされている中で食事に1時間半も取られてしまうとダメで、食べたいタイミングですぐに出せて、お客様の時間をこちらの都合で奪うことがないようにしなければ、満足度は下がってしまいます。こんな風に、店舗ごとに違うお客様のニーズをしっかり捉えることが必要になってきます。スキー、宿泊、温泉など複合的に楽しんで頂くお客様も多いので、その時その時で求められるものを読み取って、どういうアクションができるのかということを考えることがすごく勉強になっています。

料理人と責任者の葛藤

今でも、料理人としての自分と施設の責任者としての自分、両方が存在し、いつも葛藤しています。
こういう料理を作りたいと思っても、再現できるスタッフがいなくてはいけないですし、今のスタッフでできるレベルで完成させてお客様に一貫して提供できなくてはお店は回らないんです。その中で、自分の理想とやりたいことを100%押し付けることは、不平不満が生まれ、料理に影響を及ぼすと思っています。だからこそ、葛藤は絶えませんが、それでも料理と責任者の両方に関われることは非常に面白いと感じています。
全てを手作りにすることや、納得のいくまで追求することはできるかもしれませんが、そのためには膨大なバックボーンが必要です。大手外資スキー場のホテル部門のように、専門のスタッフがそれぞれの業務に特化し、すべてを手作りしている場合もあります。ですが、私達の施設の規模を考えると、そうしたアプローチは難しいのが現実です。
では、どうするのか?何ができるのか?譲れないものは何なのか?
失敗もたくさんありますが、自分たちの思いとお客様のニーズがマッチするところを推し量っていくことを楽しんで日々勉強しています。
それがしたくて料理人になったのかなと、今になって思っています。

喜びを届ける料理人への夢

母子家庭で育ったんですが、母親、祖母共に子供を育てるために仕事に行ってくれている中で、何かイレギュラーなことがあると2人とも夜遅くなって帰ってくることがありました。小さい頃は「ごはんまだー?」と待っているだけでしたが、ある時家庭科で卵焼きの作り方と、ご飯の炊き方を習いました。その後、家でご飯を炊いて卵焼きを焼いて、親の帰りを待っていたら、本当にもの凄く喜ばれたんです。そこで「料理ってこんなに人を喜ばせられるんだ。」と思い、もっと作れるものを増やしたいと中学生の頃にはレパートリーも広がり、その頃には「絶対食べ物屋さんで働きたい」と考え、飲食の業界に入ったのが始まりですね。

広島の需要の変化と今後

コロナ前には、お客様のニーズがある程度まとまっていたと思います。マスメディアが創り出す大きなトレンドが社会に影響を与え、私たちはそれを独自のスタイルに落とし込むことが求められていました。しかし、コロナの影響を受けて、お客様それぞれが異なる時間の楽しみ方を持ち、ニーズが大幅に多様化しました。以前のように「これをやれば良い」という簡単な答えは見つからなくなり、ここ数年、悩んでいましたが、最近になって、少しずつ答えが見えてきたと感じています。
宮島や呉などに観光客が戻り、市内のホテル稼働率も上昇して、広島に需要があることも実感していますが、観光名所から離れた場所にはまだまだお客様が戻ってきていないのも事実です。山間地域ももっと盛り上げられるように、置いていかれないよう今までのやり方は見直し、ブラッシュアップして、さらに新しいアプローチを模索しなければならない時期にきていると考えています。

特別な建物の誕生

女鹿平温泉クヴェーレ吉和で、私が心惹かれている一つが、この建物自体です。この建物は、柱を含む全ての部分にラジアタパインという木で作られた合板(ベニヤ)が使用されています。私がここに来た当初、このような大規模な施設を合板で建てることは強度的に難しいと言われていました。

この建物は、本当に画期的なもので、合板を使用し、木の優しさと温もりを感じさせ、かつ強度の課題に立ち向かうための試行錯誤が行われました。建物が完成した当初は、多くの人から「10年も持たないだろう」と言われていました。さらに施設は南向きで1日中太陽光が当たり、スキーシーズンには何トンもの大量の雪が積もる厳しい条件下にありますが、すでに30年以上が経過しています。これはWOODONEだからこその特別な施設であると思っています。

先見の明

今は亡くなられてしまいましたが、会長はここの山で林業をされていた家の生まれで、社員のための保養所を作ったのをきっかけに、地元への貢献に何かできないかと考え温泉施設を作ったのがこの施設の始まりです。

ここは最西端のスキー場なんです。作る時は南側斜面で、こんなとこでスキー場はできないと猛反対されましたが、それでも始めた会長の先見の明のおかげで、ありがたいことに自社運営で中四国で唯一残っているスキー場なんです。

木と一人

WOODONEの社名の由来は“木と一人”です。
前会長がいつも山で木と向き合ってしゃべっていたことが由来です。「この木はもうそろそろだな」「この木は弱ってるぞ」なんて木としゃべりながら毎日のように山歩きするのが趣味でした。そんな前会長にとても可愛がって頂き、ひとりひとりが木と向き合おうという姿勢を、言葉ではなく背中で見せて頂きました。

数年前からDIYブームもありますが、やはり人間って機械や便利なものに触れていると木の温もりに帰ってくるんだと思います。日本人は木と共に暮らしてきた民族なので、やっぱり木というものが生活に必要なんだと思います。
町で仕事している時は、目の前のことに追われて、木の温もりやそこに自然と引き寄せられる人の思いが見えていませんでしたが、ここに来させて頂いて、ここからの景色見て、いつも木が発する空気を吸って、木が大好きな会長が居て、そんな環境に居ることができたからこそ、改めて木の良さ、人ならではの生き方、そんなものに魅了されたんだと思います。

吉和の美しさに魅了されて

本当にこの場所が大好きです。
毎日市内から通っていますが、峠を越えて吉和に入ると、毎日毎朝「綺麗だなぁ」と感じるんです。その「綺麗だなぁ」の思いが27年間ずっと続いています。
雪が降れば雪のトンネルができます。紅葉の時はもみじのトンネル、そのトンネルを抜ければ吉和の風景が広がっていて、田植えの時期は田んぼがキラキラ輝いて、実って秋になれば黄金の絨毯が広がります。毎日表情が違います。雲も空も葉っぱの緑も、本当に、も〜最高です。この感動をいかに伝えられるかなというのは毎日考えています。

シンボル

女鹿平温泉クヴェーレ吉和の施設には、ニュージーランドから持ち帰られた「ワイパパカウリ」という、2億5000年前の地層から発見された古代木が飾られています。
ニュージーランドは、会長が世界中を巡る中で木を育てる理想的な場所として、WOODONEの本部を構えています。そしてその敷地内の湿地帯から出土した「ワイパパカウリ」の古代木が実際にご覧いただけます。「ワイパパカウリ」はニュージーランドでは神様の木とされており、湿地帯から出土した際にも何か特別な縁を感じ、日本に持ち帰りました。一部は内部をくり抜き“木のお風呂”にしたり、シンボルとして大切に保管したりしています。

オガ粉から生まれる美味しいきのこ

山で木を育て、伐採し材木として商売をしています。その過程で出る端材を活用して家具も作ります。さらにはそこから発生するオガ粉を使ってペレットを作り、ペレット発電で、自社工場の電力供給に利用する取り組みを進めています。まだ研究段階ではありますが、着実に進めています。
それでも残ったオガ粉を使って、きのこの栽培も行っています。
吉和の山には自然に生育する舞茸や椎茸がたくさん存在しますが、オガ粉を使用した栽培によって、特にあわび茸(バイリング)という、その食感が干物のあわびを水で戻したものに似ているきのこを栽培しています。ここで栽培している舞茸は、天然の舞茸より本当に美味しいですよ。香りも良いです。クヴェーレ吉和では多くのきのこメニューが楽しめて、舞茸は通年懐石にいれるようにしています。
オガ粉の菌床で育てたきのこを収穫した後、残った菌床は砕いて山に撒くことで肥料として再利用され、木材と自然が持続的な循環を築いています。
WOODONEでは木を育てて、その木の恵みを最大限頂いて、山にお返しするそんな循環を目指して一生懸命やっています。
なので、女鹿平温泉クヴェーレ吉和の名物は“きのこ”です。

味にこだわり、学び続ける

食べていただく料理は、吉和の川で友釣りする天然ものの鮎、吉和の山で鉄砲を使わずに罠や犬に追わせて獲る猪です。スキー場で出しているハンバーガーは猪のハンバーガーです。美味しいですよ。お米は吉和米で、山から湧き出る水を使って炊いています。吉和名産のわさびもお出ししています。

みなさまが一生懸命育てて、一生懸命とってきて頂いたものを預かって料理として出す以上は、「美味しいでしょ。」と言って出せるようにしないといけないと思い、失敗もしましたが、いっぱい勉強しました。

ニュージーランドビーフの特別な味わい

ステーキのお肉は全てニュージーランドビーフに限定して提供しています。吉和のあたりは乳牛が多くステーキとして出せるお肉がありませんでした。
そこでWOODONEとしてご縁のあるニュージーランドビーフにしました。ニュージーランドビーフは“グラスフェット”で、100%放牧で牛は新鮮で柔らかい草を食べる為に、広い土地をずっと歩くので、筋肉質でカロリーの低い良質な赤身肉になります。
提供を始めたばかりの頃はお肉が硬いと、良くない評価を頂いたこともありますが、調理方法を工夫したり、ニュージーランド現地に行って牧場の方と話させて頂いたりする中で、美味しく提供できるようになりました。これもニュージーランドとのご縁ですね。

特別なカレー

オリジナルのカレーはぜひスキー場で食べて頂きたいです。
先ほど話にでた、あわび茸が入っています。キッチンカーで通年販売していたりもしますが、一般的なカレーとは違い、使っているスパイスの量が豊富で美味しいカレーです。

輝く場所

女鹿平温泉クヴェーレ吉和は、私にとって”いただきます”を知った場所です。
普段、食事を始める際に「いただきます」と言いますが、ここに訪れるまで、その言葉の真の意味を理解していなかったと感じます。私たちは工業的に生産された食品ではなく、生命そのものを頂いて生きていますよね。野菜、肉、魚、さまざまな生命を頂いています。そして、その生命も山や風、雨など、自然界からの贈り物によって育まれています。私たちはこのような贈り物を通じて生きていて、だからこそ自らも命を繋ぎ、さらには命の尊さを伝えていかなければいけないと思っています。
そんな意味も含めて、初めて”いただきます”の意味を理解させて頂いた場所だと思っています。命をいただきます。あなたのお時間をいただきます。あなたとのご縁をいただきます。ここに来て、さまざまな意味で多くの教えをいただきました。

吉和ならではの四季折々のお食事が味わえる、クヴェーレ吉和をチェック!

広島市内から車で約1時間の距離に位置する女鹿平温泉クヴェーレ吉和は、アクセスのしやすい素晴らしい場所です。車を走らせ峠を越えると、美しい自然が迎えてくれます。この施設では温泉、スキー、美術館など、さまざまなアクティビティを楽しむことができます。そして、吉和ならではの地元の恵みにあふれた料理もお楽しみいただけます。ぜひ、この地でリラックスし、神の木である「ワイパパカウリ」の存在も感じながら、素晴らしい時間をお過ごしください。

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